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美術科教員の顕著な特質

最近、「協同出版」のホームページを開いて教員採用選考試験各教科の「参考書」と「過去問」の出版について調べてみた。

50自治体の中で美術科が出版されているのは志願者数の比較的多い自治体。「北海道・札幌市」「東京都」「神奈川県・横浜市・川崎市・相模原市」「愛知県」「大阪府・大阪市・堺市・豊能地区」に限定されている。

音楽科は「宮崎県」以外の49自治体で出版されている。家庭科は「宮崎県」と「和歌山県」以外の48自治体で出版されている。

各自治体によって違いがあるものの全国的には音楽科と美術科の志願者数・採用人数に大きな開きはない。家庭科にいたってはその時間数からいってより厳しいものがある。

美術科の「参考書」及び「過去問」がこれほどまで出版されていないのは、美術科の教員志願者がこれらを買わないからだろう。だから採算が合わないので出版しない。このように受け止めるのが自然だろう。

美術科教員を目指す志願者の気質として、対策本などに頼らないという考えで筆記試験「専門」はもとより「一般教養」や「教職教養」を自らの力で準備しているのだろうか。それとも、単に手が回らないだけのことだろうか。

5/50

その事情やよしあしはともかく、他教科と決定的に異なる美術科教員(志望者)の特質を示すデータには違いない。

準備室1

           かつて美術科教員として勤めていた中学校の美術科準備室
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2015 寒波

元旦は年賀状の整理と数人の方々への返信が恒例行事のようになっている。午後、近くの郵便局に年賀状を出し終わってから、雪が降り出した。

2日の朝、玄関の通路を確保するために降り積もった雪のかき出しをした。ところが2日の夜にまた雪が降り出した。

豪雪地帯で雪の被害で悩まされている多くの方には申し訳ないが、年に2~3回しか積もらない地域に住む住人にとって、見慣れた風景を一変させる積雪は格別である。

クリストか、川俣正か。自然による「異化」・・・?

冬景色0


冬景色

私なりのまとめ「日本美術教育学会京都支部研修会」2014.12.6

今回の研修会参加者は私も含めて16名。教育現場の先生方にとっては成績業務などお忙しい中、参加しづらい日程だったかもしれない。しかし、全員発言できるなどまとまりある丁度いい人数でもあったようにも思う。懇親会の参加者は12名。12/16。参加率は高い。

実践発表は「対話型の鑑賞授業の取組~大学との連携を通して~」と題して、京都市立衣笠中学校教諭の野田朋子先生。

野田先生は京都市立芸術大学や京都嵯峨芸術大学などの京都芸術教育コンソーシアム加盟大学、武蔵野美術大学(ムサビるプロジェクト)などと連携を通して鑑賞指導の充実を図ってこられた。その4年間の取組を振り返っての発表であった。一口に連携といっても、その日程設定や会場準備・対象学年の設定や割り振り・様々な経費の工面など、手間と労力のいる取組である。

中学校美術科教育と美術系大学との連携はそれほど珍しくはない。連携そのものが目的化したり、双方にとって教育活動の価値を相乗的に高めたりすることにつながらない場合もある。絵画や彫刻を専攻する美術系大学生は基本的に作品主義であり作家志向をもつ。普通教育に求められている美術科教育の目標との齟齬は明らかである。では連携することのねらいをどこに絞り込むか。

発表の中で野田先生の口から繰り返し出された言葉は「試行錯誤」である。ものをつくるとき、新しいことに挑戦するとき、初発の発想やアイデアが変化し深められながら進行する。繰り返しフィードバックし繰り返し修正を加える。その連続で構想としてまとめられ、ひとつのものがつくられていく。

作品を鑑賞することは一面では、そのプロセスを追認していくことである。ものをつくるとき、どれほどの「試行錯誤」のドラマが展開されていることか。そのことを中学生にとって少し上の世代から作品と向き合いながらじかに聴き対話することは貴重な体験になるに違いない。同時に大学生にとっても中学生にとっても、創意や感じたことを言葉で表現する力、批評眼などを育てることにつながるように思われる。

講演は「子どもはなぜ複数の太陽を描くのか~絵画表現に見られる独自なシンボル・配置形態・意味内容の視点から~」と題して、大阪青山大学短期大学部准教授の高田定明先生。

高田先生はもともとの専門分野はデザインだが、大学では幼児教育を担当されている。表題は極めて刺激的である。着眼点もユニーク。通常、学会での発表時間は20分。今回60分間も時間をもらえてありがたいと感想を述べながら、研究者らしく調査・分析・考察と持論を展開された。

「複数の太陽のように、解釈が定まっていない表現、しかも周囲からの圧力によって容易に喪失してしまうことが予想される表現については、一度、教育という観点から議論されるべき問題であると考えるのである」(配付資料から)

幼児による複数の太陽の描画には、その配置や形態おいて実に様々なパターンがある。そして小学校入学後、複数の太陽描写は消滅するという。つまり、子供の発達段階や指導の在り方、文化的条件などに大きくかかわっていることがうかがえる。シンボルとしての太陽が画面に「時間が重ね合わされる」ことによって複数出現し、いわばリアリズムを基調とする直接的な描画指導だけでなく、その無意識の「圧力」によって消滅していくことが容易に理解される。

欧米では太陽を黄色や橙色で表し、日本では赤が主流である。日の丸や絵本などから子供はその幼い時期からすでに様々な文化的影響を受けているのである。

京都支部研

「長崎大会」紀行

「第65回造形表現・図画工作・美術教育研究全国大会・11月13日(木)~14日(金)」に参加した。長崎はこれで3度目。今回は鉄道を使ったので、京都-長崎間、約5時間の長旅になる。

帰ってきたら、すぐにブログに登載しようと思っていたが、忙しくてゆとりがなかった。しだいに記憶が薄れていく。言葉足らずになることを覚悟しながら、主だったことをコンパクトにまとめてみたい。

■ 1日目は、長崎県美術館に向かった。公開授業は美術館のアトリエで行われた。

パプリカ
題材名は「この実、何の実~不思議な立体」。授業者は長崎市立茂木中学校教諭、寳来幸子先生。スプレーがけのボックスやiPad、班別発表会・司会進行表など、指導過程の細部まで見通した周到な準備には感心させられた。次週は完成した作品をどこにどのように置くかが課題となる。題材名にあるように、不思議なものが忽然と出現する驚きの演出である。

しかし後の協議での質問にもあったように、なぜ生徒全員が統一して「パプリカ」なのか、なぜ上半分なのか。疑問が残る。

「全ての生徒が、型どりによりモチーフそっくりの形を作ることができる(ユニバーサルデザインの工夫)ので、そこからイメージを広げながら表現意欲を高めることができると考えた。」(大会資料P48)

これを読んで最初は意味が解らなかった。協議の中の授業者の提案や指導助言で、どの生徒も学習内容が理解でき、見通しをもち、つまずきなく学習成果を上げることができることを目指した、いわゆる「ユニバーサルデザインの視点をもつ授業」「授業のユニバーサルデザイン」のことだとようやく理解できた。

ユニバーサルデザインそのものに限界がある。ユニバーサルデザインに基づくユニバーサル授業が、単に学習目標のハードルを下げることでも過剰な学習支援を行うことでもないとしたら、この研究授業を離れ、私自身の課題(今までよく考えてこなかった)として受け止めるとともに、美術科教育としても、今後突っ込んだ議論をすべきではないかと感じた。


まるで「雑踏」、参観者にあふれていた班別発表会・司会進行表


■ 公開授業後の分科会では実践発表があった。題材名は「総合的な教材による自分探し『不思議な力を備えた面』」。発表者は佐世保市立相浦中学校教諭、金子美里先生。実践と研究を相乗的に重ね合わせながら、授業の工夫と改善を図ってこられた様子が伝わってくる。

仮面

 形と感情の関係を探る練習をとして「形の体操」(金子先生オリジナル)を経て、表情と顔の筋肉の関係理解、紙の弾力性を生かした凹凸のある造形表現の方法、色彩の感情効果まで、一連の制作過程はシステマティックといってもいいほど練られたものである。ビデオにも、試行錯誤を繰り返しながら集中して制作する生徒の姿が映っていた。仕上がった生徒作品も実に多様である。

しかし、私の考え方と異なる点が2点ある。

その1つは、「最初は何も見せない方がよい」(アフリカ面は見せられた様子であるが)という見解についてである。

「PASA型読解力」や「情報活用能力」は、情報を主体的に選択・収集・活用・編集・発信(表現)する教科横断的な能力として位置づけられている。今日求められているこれらの能力の育成を美術科が担うとすれば、直線的に作品づくりに向かわせるだけでなく、特徴的な仮面を鑑賞するプロセスはやはり重要である。

2つ目は、そういったプロセスを通して、凹凸としての表現の追究など、造形的に完成度の高い作品づくりを目指すだけではなく、仮面のもつ表現性や象徴性に気付かせることも、この題材についての大きなねらいになるはずである。

仮面について、昔(23~24年前あたりか)私が書いた文章(研修案内)を再度取り上げたい。

仮面は素顔を隠す。隠すことにより別の人格(ペルソナ)を現す。しかし、仮面は「仮」の姿であり、単なる「面」(おもて)にすぎない。仮面とは、まさに今そこに存在するものであると同時に、存在しないものの象徴である。

いったい

仮面の内(裏)にいる私とは何者か
仮面の外(表)にいる私とは何者か

表情の全き静止は、自他の居心地よい関係に亀裂を走らせ、なめらかな時間を切断する。

私であること、私でないこと・見ること、見られることが仮面の外側・内側でせめぎ合い、激しく顕在化する。

原始から人に神霊がとり憑く決定的な契機を与えてきた「呪術面」、祝祭的な要素をもった「神事芸能面」、また、そういった仮面から発生したとされる「演劇面」、さらには無限の表現性をそなえた「能面」・・・いずれにせよ、仮面は飾り物(オブジェ)でなく、隠蔽と出現、離反と一体、不在と現前のドラマを演じ、闇(カオス)から突き上げてくる言葉を常に語ってきた。


仮面とは人間がもつ変身願望の表れであり、他者とのかかわりの中で、不確かな存在である自己への根源的な問いかけである。

1テオヤンセン

● ちょうど長崎美術館で「テオ・ヤンセン展」が開かれていた。意外なことに会場内撮影可。係員の方が親切にも「記念撮影をしましょう」と言ってくれたので、お願いした。その後、大阪の参加者3人と昼食をともにした。


■ 開会行事後、「長崎の文化と芸術に見る国際性」と題した講演を聴いた。
ブライアン

講師はグラバー園名誉園長であり長崎総合科学大学教授のブライアン・バークガフニ氏。カナダ出身、日本在住42年。

鎖国政策をとった江戸幕府が唯一西洋文化(当初はポルトガル宣教師、その後オランダ)や中国文化との接点をもった長崎の歴史と文化について、さらに長崎の魅力について様々な角度から具体的な例を示しながら1時間ほど、お話された。

横浜の「異人坂」、神戸の「異人館」に対して長崎の「オランダ坂」。日常生活の中に溶け込むように(異人ではなく)他国の人々との日常的な交流があったことを物語る。

グローバル化が進む今日において、国際理解や交流について長崎から学ぶべきことが山ほどあるように感じられた。

内容もさることながら、15分に1度、聴衆の笑いとる講演は素晴らしい。大学の授業のインターバルも15分。居眠り防止策にはこれが一番。これもしっかり学ばなければ。



● 懇親会まで時間があったので、一度ホテルに戻った。その時、同ホテルに滞在されている古市憲一氏
に出会った。「造形美術」の古市氏である。ご高齢であるが今も現役。「Sin夢塾」を主宰し、全国各地でセミナーを催されている。翌朝、朝食を共にする約束を交わした。

夢塾

                そのときいただいた資料の一部

● レセプションは会場満席の盛況ぶり。余興は長崎の郷土芸能「龍踊り」。なんと東良雅人調査官も踊
りの中に。出番が多い。

■ 2日目も長崎美術館に向かった。公開授業の題材名は「一緒につくろう!タブレットでパラパラ動画」
授業者は長崎市立深堀中学校教諭、増本友美先生。全国規模で学校のITC環境の整備が進められている。長崎市においても、今年度から小中校でタブレット型PCの導入が行われた。この機器を使っての動画(映像)制作である。対応が素早い。

この題材である短時間のストップモーションムービー(コマ撮り映像)制作は自校で何度かされている様子で、生徒は撮影や編集方法に手馴れている。公開授業は作品づくりから発表・相互批評まで1時間で完結する。この速さは驚異的であるが、当初は授業時間4時間かかったという。自校とは違って、美術館アトリエ内あるいは外庭という新しいロケーションのもと、生徒は検討を加え素早く対応している。

「映像表現は生活の中に溶け込んでいる。しかし、ほとんどの生徒は映像の受け手側におり、自分で映像を構成して創り出すという発想や技術は持ち合わせていない。」(大会資料P92)

平成10年の学習指導要領改訂で、写真・ビデオ・コンピュータ等の映像メディアが取り上げられた。これによって、美術科教育の現代化が一定図られたと言ってよい。視覚的世界を覆い尽くすように広がるメディアとしての写真及びムービーのデジタル映像によって、今や私たちは世界を認識し情報交換をしている。これらの日常世界の浸透によって、かつての人々がもっていた時間や空間の感覚、記憶や経験の質などがその根底から変容させられていることは疑いのない事実である。

生徒自ら映像を編集し創り出すことによって、映像がどのようなプロセスで創られ、どのように私たちに届けらているのかを理解し、日ごろ眼にする映像のもつ意味づけや価値意識、さらには批評眼をも育てることにもつながるだろう。

分科会協議でもあったように、単なる内輪の「受けねらい」に終わらず、発想・構想(絵コンテ段階)をフィードバックも含めて重視し、育てたい力をしっかり押さえることが大切になる。

長崎市において組織的に映像メディア教材の開発に取り組まれている様子がうかがえる。今を生き時代を呼吸している生徒の生活や生徒のもつ感覚の中に新しい美術科教育の可能性を探ろうとされている実践研究に大きな拍手をお送りしたい。


長崎港を背景に撮影 編集段階



作品発表と解説

■ オプショナルツアーに参加した。
軍艦島(端島)には、以前から興味があった。ちょうど2日目の午後、ツアーが組まれていた。いい機会だと思い、事前に申し込んでいた。

12:30分科会終了。13:20港に集合。あまり時間がない。京都市の研究会リーダーと一緒に中華街「王鶴」で昼食をとった。当然「長崎ちゃんぽん」。やはり本場の味だ。

早足で港に向かっていた時、タクシーが来たので数百メートルの距離だが乗り込み8分間の余裕をもって港に到着。「島にはトイレがありません」「少し海が荒れています」と繰り返されるアナウンス。

この夏、日本最北端の利尻島・礼文島を訪れた。フェリー乗船後、景色を見ようと揺れる船内を歩き回って船酔いをした。その反省をもとに事前に酔い止めを飲み、船内の中心部に乗り込んだ。



軍艦島はまさに廃墟の島。乗船中でしか全貌を見ることができない。上陸すると3カ所に限られた見学場所からその詳細を見る。約40年前に無人島になり、人の営みがまるで時間が止まったように消え去ってしまった。しかし、風雨に晒された建造物は刻々と崩壊していく。「切なさ」や「無常観」が心をよぎる。



奥に見えるのは1916年に造られた日本最古の鉄筋コンクリート造りの高層アパート


平成7年の46回長崎大会にも参加させていただいた。その時も長崎の街に魅せられ、空いた時間に高台に登って港を眺めたり橋を渡り対岸を散策したりしていたことを思い出した。

今回の長崎大会のコンセプトは「コンパクトで魅力ある大会」である。市内の文化施設をフル活用しながら長崎の魅力ある伝統文化を紹介し、参加者へのおもてなしの心を丁寧な案内や各会場への利便性のよさとしてかたちにされている。全国大会を開催することは大事業である。並々ならぬ努力をされたと思う。その結果、少なくとも私にとって、往復10時間以上かけて大会に参加させていただいた意義は大きかった。

次は長崎の街そのものの探訪を。そのような思いで特急「かもめ」に乗った。

日本美術教育学会京都支部研修会 2014.12.6

今年度3回目の日本美術教育学会京都支部研修会の案内をいたします。今回も会員以外の方の参加を呼びかけています。気軽にご参加ください。

■ 日 時 2014年12月6日(土) 14:00開始~17:00終了予定 (受付は13:30から)
■ 場 所 同志社大学今出川キャンパス「明徳館」 1F 5号室
■ 内 容
  (1)実践発表 野田 朋子(京都市立衣笠中学校教諭)
    ①鑑 賞 「対話型の鑑賞授業の取組~大学との連携を通して~」
    ②質疑応答
  (2)講演 高田 定明(大阪青山大学短期大学部准教授)
    ①「子どもはなぜ複数の太陽を描くのか
        ~絵画表現に見られる独自なシンボル・配置形態・意味内容の視点から~」
    ②質疑応答

※ 17:30から懇親会を予定しています。多数ご参加ください。
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プロフィール

ryoichi25r

Author:ryoichi25r

細谷 僚一 hosotani ryoichi
■ 大阪府箕面市生まれ(1948)
■ 京都教育大学教育専攻科美術工芸修了
■ 京都市立中学校教諭(美術科)16年
■ 京都市教育委員会学校指導課指導主事7年
■ 京都市立中学校教頭2年
■ 京都市教育委員会教職員課 人事主事5年
■ 京都市中学校校長5年(定年退職)
□ 大谷大学 教職支援センター教職アドバイザー4年(終)・非常勤講師3年(終)
□ 立命館大学 非常勤講師5年
□ 京都嵯峨芸術大学 教授3年
□ 京都女子大学 非常勤講師1年


履歴が示すように、専門は学校教育と美術科教育です。もともと好奇心旺盛なたちなので、様々なことに関心があります。学校教育にしても美術科教育にしても他のジャンルとのかかわりや歴史的観点から俯瞰的にみていくつもりです。

「美術科教育の未来」
2050年あたりに照準(大風呂敷)をあて、改善の姿を描こうと思っています。

「私の本棚」
読んだ本のまとめや感想をできるだけコンパクトにして整理したいと考えています。最も工夫したいことはそれぞれの本の関連づけです。

「気づ記・思いつ記」
日々の生活の中で気づいたことや思いついたことなどを日記のように表したいと思っています。


 

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